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松平伯耆守宮津藩下屋敷跡(墨田区横網1丁目)旧安田庭園

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Photos: 松平伯耆守宮津藩下屋敷跡(墨田区横網1丁目)旧安田庭園

Photos: 松平伯耆守宮津藩下屋敷跡(墨田区横網1丁目)旧安田庭園 Photos: 松平伯耆守宮津藩下屋敷跡(墨田区横網1丁目)旧安田庭園

mixiコメント 2013年05月23日 13:34
2013年01月14日 11:34記事加筆

●松平伯耆守――
本庄松平家・松平本庄家・松平宮津家・宮津藩松平家、時家系本庄家・宗資系本庄家

1、宗資、従五位下・因幡守、従四位下、侍従
ほんじょうむねすけ。徳川綱吉生母、お玉(桂昌院)の異父弟。
摂関 二条家家臣の本庄家、本庄宗正の次男。
明暦2(1656)年より上野国館林藩 徳川綱吉に仕える。
延宝8(1680)年、館林藩奏者番のち、綱吉嫡子 徳松に従い幕府旗本(切米800俵)となる。こののち、綱吉とその生母 桂昌院は、親戚筋の宗資を引き立てようと加増が繰り返された。
天和1(1681)年、1200石加増。切米は所領に切り替えられ、常陸国内に都合2000石の所領。
天和3(1683)年、3000石加増。
貞享元(1684)年、従五位下・因幡守叙任。
元禄元(1688)年、下野国足利郡5000石が加増され都合1万石。先の領地もすべて足利に移され、下野国足利藩を立藩する。
元禄2(1689)年、2万石。
元禄5(1692)年、2万石加増、常陸国笠間藩転封。
元禄7(1694)年、1万石加増、都合5万石。

2、資俊、従五位下・安芸守、従四位下、侍従、豊後守、伯耆守
万治3(1660)年生まれ。次男。
貞享元(1684)年、寄合旗本。
元禄4(1691)年、従五位下・安芸守叙任。
元禄12(1699)年、宗資死去。家督継承。
元禄14(1701)年、従四位下に昇叙。
元禄15(1702)年、侍従。同年、備中に2万石加増。都合7万石となった上で、遠江国浜松藩へ転封。
宝永2(1705)年、綱吉より松平姓を下賜。そして豊後守、伯耆守と遷任。

3、資訓(すけくに)、従五位下・図書頭、豊後守、従四位下、侍従
→三河国吉田藩 →遠江国浜松藩
4、資昌、従五位下・伊予守
→丹後国宮津藩
5、資尹(すけただ)、従五位下・大隅守
6、資承(すけつぐ)、従五位下・豊後守、伊予守、伯耆守、因幡守
7、宗允(むねただ)、従五位下・伯耆守、大隅守
8、宗発(むねあきら)、従五位下・伯耆守、従四位下、侍従
9、宗秀、従五位下・図書頭、丹波守、伯耆守、従四位下、侍従
10、宗武、従五位下・伯耆守

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